私が見たGeneral Aviationの世界

モンゴメリー・フィールドの入り口


GA in USA

 軽飛行機や小型ジェットなど自家用飛行機の世界をアメリカでは「General Aviation(GA)」と呼びます。職業パイロットを目指してアメリカに航空留学している人だけでなく、 私のような企業の駐在員や普通の大学に通う留学生にも、アメリカ滞在中にFAAのパイロットライセンスを取得して気軽に軽飛行機を飛ばしてGAを楽しんでいる人がいます。 と言ってもアメリカのGAがどんなものかご存じない方にはなかなか想像がつかないと思いますので、私が見たアメリカのGAの世界をこのページで簡単に紹介しましょう。


壁は自分だけ

 日本では訓練を受けるのに大金が必要だったり(大抵の一般人はまずこの条件をクリアできない)、試験のシステムが煩雑だったりして、軽飛行機で空を楽しもうなどと思い立つ事すら非現実的な環境ですが、 アメリカの事情は全く違います。日本の自動車学校で普通車の免許を取るよりも少し多めのお金と時間と、「自分の操縦で飛びたい!」という強い意志さえあれば、 誰でも軽飛行機の免許を取ることが出来ます。そして免許を取った後も、レンタカーを借りるのと同じような手軽さで飛行機をレンタルして遊ぶ事ができるのです。 ただし、試験や管制塔との交信その他全てが英語で行われますから、英語の苦手な日本人にはそれだけで大きな壁になります。でもそれは本人の努力次第で乗り越えられる壁ですから、 「飛びたいっ!」という強い意志さえあれば乗り越えられるはずです。日本のように自分の意志ではどうにもならない障壁は無く、一般市民の誰もが簡単に飛べる環境なのです。


フライングクラブ
GIBBS Flying Serviceの駐機場


 さて飛べるのは分かった、じゃあ何処へ行って何をすれば良いのか?先ずはアメリカの地図を開いて空港を探してみましょう。気にしていないと見過ごしてしまいますが、 探してみると沢山の空港が地図に書かれていることに気がつくはずです。あるものは軍用だったりまたあるものはGA用だったり、プライベートのエアストリップもたまにあります。 私が住んでいるサンディエゴ界隈だけでも、車で30分以内の範囲に10前後の空港がありそのうち半分はGA用の空港です。GA用の空港には大抵一つか二つはフライングクラブがあります。 その運営形態は様々ですが、オーナー達が自分の飛行機をクラブに預け、レンタル料をメンテナンス代や運営費に充てるという非営利のクラブが一般的なようです。

 空港の敷地内にはそういったクラブが事務所を構える建屋があるので、そこでクラブのパンフレットを集めたりカウンターの人にクラブの特徴を聞いたりすれば、殆ど必要な情報が集まるはずです。 集めたパンフレットやクラブのウェブサイトに入会手続きの方法が書かれているのでそれに従って入会します。一般的にはお昼前後に一時間ほどクラブのルールや料金の支払方法に関するブリーフィングがあり、 誓約書にサインして入会金を添えて出せば終わりです。そしてもしあなたが既に免許を持っていて、その日の午後にでも専属のCIFにチェックアウトしてもらえば、その日のうちに好きな時に一人で飛べるようになるのです。 費用はLAなど大都市周辺では4人乗りのセスナ172が大体$90/時間くらいですが、サンディエゴなどの地方なら安いところで$55/時間で借りれます。(2003年現在)

 免許が無くてもフライングクラブに入れます。正確に言えば違うのですが、特定の医者で航空身体検査を受けるとその場でメディカルサーティフィケートが発行され、それがスチューデントパイロットの免許証になるので、 それを持っていけばクラブに入れてもらえます。後はそのクラブに所属しているインストラクターから好きなのを選び横に乗ってもらって訓練開始です。その際機体の予約や支払い等は普通のメンバーと同じように自分でやります。 私は初めてメディカルサーティフィケートを取りに行った時、医者から「もう飛んでいるのか?」と聞かれて「はい」と答えましたが、最初の体験フライトはサーティフィケート無しで飛ぶ人が多いからか何も言われませんでした。 結局免許が無くてもインストラクター同乗であれば合法的に飛行機を飛ばす事が出来るのです。こんなに簡単に乗れて良いものかと、あまりの手軽さに初めは驚きました。


フライトスクール

 これから免許を取ろうとする人で、アメリカに長期滞在している人は暇な時に自由気ままにクラブで飛びながら免許が取れますが、短期間しか滞在できない人はしっかりしたカリキュラムが用意された フライトスクールに入学した方が無難かもしれません。モンゴメリーフィールドぐらいのちょっと大きなGA空港には大抵FAA認定のフライトスクールがあります。殆どのスクールはウェブサイトを 持っていますから、事前に費用その他の大まかな情報は入手できます。詳しい情報はe-mailで直接確認します。もしこれが出来ない程度の英語力しか無いなら、免許を取りにアメリカへ行く前に まず日本で英語の勉強をすべきでしょう。初めは片言しか話せなくても免許が取れる頃には結構英語が話せるようになりますが、あまりに英語が下手すぎては時間とお金の無駄になります。

 クラブでフリーのインストラクターから習ってもスクールで訓練しても、最後に受ける試験は同じですから、教えてもらう事も殆ど同じです。ただフリーの場合は小遣い稼ぎの良いカモにされたり、 出来の悪いインストラクターに当たったりする可能性がありますが、スクールはそういうリスクが低い点が有利です。しかし設備やその他学校運営コストが料金に乗ってきますから少し割り高になります。 スクールもピンキリで、フリーのインストラクターの寄せ集めのような所もあれば、プロを目指す人たちが集まる本格的な所もあるので、失敗しない為には幾つか訪問してみてから選ぶべきでしょう。 校内でFAAの学科試験が受けられるかどうかというのも、学校の質を推測する上で重要な指標になると思います。


GIBBS Flying Serviceのカウンター
FBO

 クラブの事務所があったり、パーキングの管理やガソリンを入れたりしてくれる人たちが詰めている建物の事をFixed Base Operation(FBO)と呼びます。 そこには実に様々な人たちが集まります。警察官やサラリーマン、タイヤセンターの工員、ガソリンスタンドの兄ちゃん、医者や現役ラインパイロットなどなど。色んな人が趣味でGAを楽しんだり訓練をしたりしています。 私が根城にしているGIBBSには、あの911同時多発テロでWTCに突っ込んだ飛行機に乗っていたとされるテロリストのうちの二人が出入りしていた事もありました。平日休日にかかわらずFBOには常にパイロット達が出入りし、 ラウンジやテラスのテーブルでは訓練の打ち合わせや仲間同士の話し合いが行われています。

 事務所のカウンターではオイルやチャートなど消耗品を売っていたり、レンタカーの手配をしてくれたり、田舎のFBOではホテルの手配までしてくれるところも有ります。複数のFBOがある空港ではFBOが 競争していてサービスがとても良かったりします。大きな空港では空港の管理事務所とFBOは別になっていますが、山奥の小さな飛行場などでは住み込みというかFBO自体が管理人の家になっていて、 パイロットラウンジは管理人のリビングを兼ねていて、カウンターの向こうはダイニングとキッチンだったりするところも有ります。旅客機が着くような大きな空港には大抵、有名な全米ネットの高級FBOチェーンの SignatureやMillionair、Mercuryなどがあり、そういうFBOは設備もサービスもゴージャスで利用しているとエグゼクティブになったような気分に浸れます。勿論料金もそれなりです。


ピラミッドの底辺
アメリカ民間パイロットのピラミッドのイメージ


 FBOに集まるインストラクターやイグザミナー、クラブのオーナー達の関係を見ていると、アメリカの民間パイロットの世界ではGAとプロの世界は切り離せないような気がします。プライベート(自家用)免許に始まり、計器、事業用、マルチ、 ATP・・・、上を目指すパイロット達は次の資格を取るべく日々訓練に励み、上の資格を持つ者が下の者に教え、彼らをテストするイグザミナー(試験官)はエアラインのパイロットだったりします。 エアラインを目指すインストラクター達はスチューデントに教えながら飛行時間を稼ぎ、自分もまた訓練を受けているのです。エアラインパイロットへの長い道のりの最初の一歩がFBOから始まるのです。

 元エアラインパイロットが、引退してクラブを作って訓練の場を提供したり、イグザミナーとして訓練にかかわったり、そしてFBOやクラブの機体のオーナー達がそれを横からサポートする。 FBOのラウンジでスチューデントパイロットやインストラクター、古巣に遊びに来たエアラインパイロットやイグザミナー達が気さくに語り合っている姿を見ていると、アメリカの航空業界のピラミッドの底辺はこうして支えられているのだなと感じます。 そしてそんなFBOが全米各地に沢山あるのですから、その層の厚さと底辺の広さは推して知るべしです。


水平儀や高度計など基本は大型機も同じ
やることは同じ

 軽飛行機を飛ばす時も場合によってはエアラインのパイロット達と同じ管制官と交信します。時には大型機の為に進路を変えたりしなければならず、そういう時は旅客機と同じ土俵の上に乗っている様な気持ちになります。 日本の常識で考えると、素人の自分が旅客機のパイロットに混じって管制官と無線で交信なんてしていたら怒られるんじゃないかと心配してしまいますが、彼らもちょっと前までは自分が習っていたインストラクターと同じような パイロットだったのだと思うと親近感がありますし、実際よほどヘタクソな交信をしない限り疎外感はないですから、慣れれば気楽に管制官との交信にも割り込めます。

地上でも上空でも、大型機も軽飛行機も共通のルールに沿って管制官の指示に従って行動します。たまに、「軽飛行機もジェット旅客機も、やっていることは同じなんだな」と思うことがあります。 一番最初にそれを感じたのは初めてマーシャラーがスポットに誘導してくれた時でした。マーシャラーが細長く赤い誘導灯を頭上でクロスして機を止めたときは、なんだか本物のパイロットになったような気がして嬉しかったものです。


何が出来るか

 趣味でプライベートパイロットの免許を取った人の多くは、飛行時間が150時間くらいになった頃一つの山を迎えるようです。隣町へ飛んで空港のレストランで食事をして帰ってくるのも面白いのは最初のうちだけで、 近場のVFRフライト(有視界飛行)だけでは結局操縦すること以外に楽しみが見出せず、暫くすると飛ぶ目的を失ってしまい、ついにはGAから遠ざかってしまう人も多いようです。 かく言う私もやはり150時間前後で一度GAの熱が冷めました。そこで飽きずに飛び続ける手段としては、

1.上級の免許を取って資格を増やす。
2.遠距離クロスカントリーで観光する。
3.アクロバットを楽しむ。
上空から見た隕石で出来たクレーター

等がありますが、私の場合は旅行が好きなので軽飛行機でアメリカの観光地を巡ることでGAに接してきました。車で2時間以内の範囲なら飛行機よりむしろ車の方が便利ですが、それ以上の距離になると軽飛行機の方が行動半径も広がり断然有利です。 例えばサンディエゴからラスベガスまで車なら5〜6時間かかり一泊旅行の距離ですが、飛行機なら3時間前後で行け十分日帰りが可能です。また、車だったら遠回りをして10時間以上かけなければ行けない所に3〜4時間で行けたり、 車では行けない奥地の景色を上空から眺める事も軽飛行機なら出来ます。アメリカの自然はスケールが大きいので上空から景色を見て楽しめる所も多く、また上空から見ないと素晴らしさがよく分からない所もあります。 アリゾナのメテオクレーター(隕石口)などは良い例です。

 それでも民間人が軽飛行機で飛べるところは限られているのでは?と思われるかも知れませんが、そんなことはありません。軍事訓練用空域等の特定の飛行禁止空域以外は基本的に何処でも飛ぶことが出来ますし、 民間の空港ならどこでも着陸して構わないのです。きちっとルールさえ守っていれば全米何処へでも好きな所へ飛んで行けるのです。空港を利用するのにも予約や許可申請などは全く不要で、いつでも降りたいところに降りれますし使用料も取られません。 都市部ではFBOがタイダウンフィー(駐機料)を取る場合も有りますが、大抵はガソリンを入れれば駐機料金は無料になります。初めの頃は広大な敷地の空港をどうやって維持しているのか不思議でなりませんでした。


AOPA

 もう一つ、アメリカのGAを語る上で忘れてならないのがAOPA(Aircraft Owners and Pilots Association)です。アメリカのAOPAは単なるパイロットの集まりではなく、れっきとしたロビー団体です。 ロビー団体と言っても日本ではあまり馴染みが無いですが、全米ライフル協会などは皆さんもご存知かと思います。AOPAも自家用パイロットの為にロビー活動を行っており、最近一番目立ったのは911同時多発テロの時でした。 テロ後、完全に麻痺したGAをいち早く復活させるようAOPAのトップがDOTに働きかけ、日夜努力をしていた様子がひしひしと伝わってきました。ほんの2ヶ月足らずでGAが再開できたのもAOPAに拠る所が大です。 その他普段から様々な活動をしており、GAパイロットの活動拠点である小さな飛行場の存続に力を入れています。会報には潰されかかった小さなエアストリップを救った記事がいつも掲載されています。フライトシミュレータで有名な あのシカゴのMeigs空港が存続できたのもAOPAの功績と言えるでしょう。このような団体は我々GAパイロットにとって、とても心強い存在です。


今も横須賀に残る戦時中の滑走路の痕跡
GA in Japan

 その昔、日本がアメリカと戦争をしていた頃、日本には沢山の飛行場が有りました。もちろん殆ど全ての空港が軍事目的で建設されたのですが、その痕跡は今でも残っています。 それら飛行場の大きさは軽飛行機に丁度良いサイズなので、もし戦後も廃止されずに残っていたら、日本でも軽飛行機に乗るという趣味がもっと幅広く一般に愛好されたのではないかと思うことがあります。 歴史を考えるとこれまで一握りの金持ちにしかGAが許されなかった日本の事情も致し方ないかと思いますが、経済大国となった現代になってもなおその状況は一向に改善される兆しはありません。

 田舎に誰も通らない高速道路を作るお金が何十兆円もあるのなら、そのうち少しでもいいから空港やNAV AIDSの建設に回してもらいインフラを充実させ、試験制度をFAA並に簡素且つ利便化して、 観光地の近くに滑走路を作ってFBOにレンタカーやレンタバイク、レンタサイクルやキャンプ施設を併設したら、日本でもそれなりにGAが楽しめると思います。週末に軽飛行機でひとっ飛びして、 いい景色を見ながら温泉につかって帰ってくる。日本でもそんなレジャーが手軽に楽しめるようになれば嬉しいですね。

(As of January 31, 2003)




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