Hawthorne Mun-Nothrop (HHR)
2002年3月16日

 今日はプラス・ワンのArcherを予約していたのに朝から雲が多くてとても飛べないだろうなと諦めていました。ところが 昼前にWebでMYFのMETARを調べたら「Visiblity 10SM, 3500ft Bkn, 4500ft Bkn...」なんだ、全然OKじゃん! という事で早速プラス・ワンのArcherの乗り心地を確かめにひとっ飛びしてきました。

 モハヴェ(MHV)の旅客機の墓場でも見に行こうかなと思ったのですが、今日は何処もGustyでMHVに近いPMDはなんとG35!これには さすがに気後れしてちょっと手前のHawthorneに行くことにしました。ここは一度行っておかなくてはと思っていました。 何故かと言うと、HHRはLAXの直ぐ隣にあるので、LAXに到着した人を迎えに行くのに一度使ってみたいと思っており、 人を乗せる前に一度予行演習をして勝手を覚えておきたかったのです。

 MYFを出てしばらく6,500ftで海上をLAに向けて一直線に北上。ロングビーチ手前から2,800ftに落としてLAクラスBの底と LGBクラスDの天井の隙間をすり抜け、景色を見て現在位置とフライトガイドのプロシージャを確かめながらHHRへ近づいて いきました。出発前チャートを見た時には大した事無いと思っていたのですが、いざ現場を飛んでみると、碁盤の目のような 町の景色は特徴が少なくて分かりにくく、クラスBに入っちゃいけないというプレッシャーもありとても緊張しました。 目印のフリーウェイ405は仕事でプライベートで何度も走った事が有ったので周辺の位置関係が分かり助かりましたが、 もしこれが知らない土地だったら完璧パニックでした。

 レポートポイントを確認し、さぁHHRのタワーにコールしようと思ったのですが言葉が出て来ません。「Hawthorne」??? これって一体どうやって発音するんだろう...私は無線を再びATISに合わせてなんと発音しているか3回ほどじっくり 聞いてみました。その後他の機が交信しているのが聞こえたので、何度か口に出して真似てみましたが通じるかどうか 自信持てません。しかし時間も無いので恐る恐るコールしてみたら一発で分かってもらえホッとしました。

 途中どうしていいか分からなくなって旋回したりしましたが、何とかファイナルまでこぎつけました。しかし、ベースから ファイナルにターンしたとたん、視界のど真ん中に太陽が入ってきて、バイザーも使えずひどい逆光になってしまいました。 さらに、滑走路とタクシーウェイと一般道路と、フリーウェイが並行して走っており、一体何処にアラインすればいいのやら さっぱり分からなくなってしまいました。片手で太陽を押さえるようにしながら空港に近づくと、漸く滑走路がはっきり区別 できましたが、滑走路の直ぐ手前を車が沢山走っており、上を通るときに車の天井をこすりそうでとても怖かったです。 こんなに滑走路と一般道が接近していて良いのだろうか?ちょっと考え物です。

 カフェのあるビルでトイレを済ましてロビーに行くと、日本人が3人いて世間話をしていました。「やはりLAは日本人が 多いんだなー」と思いつつ横のソファーで一休みしていると、20人乗り位のプロペラ機が到着し、中からこれまた日本人が ぞろぞろ降りてきました。どうやら3人はツアコンでHHRから飛行機を飛ばして観光客にLA遊覧飛行をさせていたようです。

 HHRはLAXにも近くてとても便利な場所にあります。よくこんな市街地にこんな飛行場を残して置けるもんだと感心しますが、 以前AOPAの雑誌に一時は廃止の憂き目に会いながらも、AOPAのバックアップなどのお陰でなんとか生きながらえたと書かれて いました。ファイナル手前の道路は危なくてしょうがないですが、場所的にはとても便利な所なので一利用者としては いつまでも存続してほしいものです。

(写真は Final Runway25 HHR です。さぁ、何処が滑走路か分かりますか?)


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