PAR
日程も決めEDWのアエロクラブにも連絡し、当日使う機体も予約して準備万端整った。ある日私はXCに備えて空港のプロシージャや管制塔との交信を練習しようと思いNZYへ向かった。
家の近所はとても良い天気だったのだが、サンディエゴのダウンタウン周辺には100ftくらいの低い雲が垂れ込めていて、NZYは完全なIMCだった。西海岸特有のマリンレイヤーである。
薄い雲の直ぐ上は良い天気で、ちょっと北へ行けば全く問題ないのに、VFRでのチェックアウトしかしていなかった私は飛び立つことが出来なかった。もしXC当日同じようにマリンレイヤーが出たら計画が
実行できなくなってしまう。私は直ぐにインストラクターのBradに電話してIFRのチェックアウトを頼んだ。しかし、彼は計器飛行を教える資格を持ていなかったので他のインストラクター
Nettingaを紹介してくれた。
普通のクラブなら計器飛行をするためにチェックアウトをする必要はないが、NINFCでは計器飛行をするためには免許を持っているだけでなく、クラブのインストラクターによる計器飛行の
チェックアウトが必要だった。なぜならNZYの計器飛行での着陸方法は一般の空港とはちがうPARという方法なので、そのやり方を覚える必要があった。PARとはILSのような地上の設備と
機体の計器を使う方法と違い、管制官の言葉に従って飛びながら降りてくる方法である。通常の計器飛行でも管制官の指示に従って飛ぶ場合があるが、せいぜい高度と方角の指示を与えられる
だけである。しかしPARはもっとに詳しい情報を与えて飛行機を着陸寸前まで導くのである。「ちょっと高め、ちょっと低め、そのまま、そのまま、ちょっと右にズレてる・・・」など、着陸態勢に入ると
管制官はずっとしゃべりっぱなしになる。パイロットはそれを黙って聞きながら雲を通り抜けるまで指示通りに機体の姿勢を制御し続けるのだ。
BradのはからいですぐにNettingaとPARの練習をすることになった。その日も丁度マリンレイヤーが出ておりPARの練習にはもってこいの天気だった。フライトプランやORMなどの手続きを
すまし、プリフライトを終えて機体に乗り込み先ずはクリアランスをもらうべくグランドにコンタクト。軍の基地の管制官には早口が多いが、その日のNZY管制官は特に早口でぞんざいな話し方
をする管制官だった。クリアランスを貰うときタワーの周波数が聞き取れなかったので、リードバックしたあと「タワーの周波数が分からなかったので教えてくれ」と言ったのに、管制官から一言
「Read back is correct.」と無視されてしまった。すると横でそれを聞いて苦笑いしていたNettingaがタワーの周波数を教えてくれた。
今回のフライトの目的はPARのチェックアウトだけなので、時間と手間とお金をセーブするために、IFRで離陸して雲の上に出たら直ぐに折り返しIFRアプローチをリクエストしてPARで
着陸する事にした。私達はRunway36から離陸すると直ぐに雲の中に入って行った。ディパーチャーは普通のIFRと同じで、離陸後SoCALにハンドオフされベクターが始まった。
雲の上に出ると予定通りIFRをキャンセルし、直ぐにNZYへのPARアプローチをリクエストした。空港から数マイル南へ行ったあたりの海上でRunway29へアプローチのクリアランスがおりた。
コントローラのベクターがはじまり私はいつものようにリードバックをした。暫くするとコントローラが矢継ぎ早に指示を出してきた。私は一生懸命一言一句逃さないようリードバックしようと勤めた。
横でNettingaが何か言ったが、とにかくコントローラの言っていることを正確に反復するのに精一杯だった。暫くしてNettingaが「黙ってコントローラの言うことを聞いてろっ!」
と大きな声で言い私はやっとPARが始まっていたことに気がついた。
PARアプローチは最初が肝心で、ファイナルコースにのって降下を開始して降下率がぶれないようきっちりトリムが取れれば、あとはコントローラの言うことを聞いて姿勢を微調整するだけである。
今回ファイナルに乗る前にDG(Directional Gyro)を修正するのを忘れてしまいDGがズレていたので、方角をコンパスターンで合わせた事を除けば、操縦はAI
(Attitude Indicator)を見ながら姿勢に気をつけている位でそれほど難しさは感じなかった。ILSやローカライザー・アプローチでは、雲の中で計器や自分が信じられなくなったり
して恐怖を感じることがあるが、PARでは常にコースからのズレを言葉で教えてくれるので、自分が正しく飛んでいる事が分かりむしろ精神的には楽で、コントローラに見守られているような安心感があった。
雲の下に出ると眼下にホテル・デルコロナドが現れ、目の前にはRunway29が見えていた。するとコントローラが大きく左に曲がるよう指示してきた。せっかくきちんとファイナルに乗っているのに
何故かと思っていたら、どうやら後ろからジェット機が来ていたようで、そいつを先に行かせるために横によけさせられたのだった。すると艦載機のA-6攻撃機がすごいスピードで私を追い越して
先に着陸して行った。そいつがタキシングしているのを見ながら私も後に続いた。すると管制官がワイヤーの先にするか手前にするかと聞いてきた。軍用空港の滑走路には飛行機の車輪に引っ掛けて
ブレーキをかける為のワイヤーが張ってあるので、その手前か先の範囲で着陸しなければならないのだ。多少高めの進入角だったが、なんとかナンバーの上にタッチダウンできそうだったので手前に
降りると告げた。そして無事タッチダウン。滑走路を走っているとコントローラが「Contact Tower」と言ったので無線のチャンネルをTowerにあわせてコールすると「Contact Ground」
といわれた。今のはなんだったんだ?と思いながらグランドにコンタクトしてクラブに帰った。
F-14
PAR以外に軍用の空港ならではの経験がもうひとつあった。ある日いつものようにクラブのパーキングからタクシーウェイに出てランナップしていると、グランドから「ちょっと北東の方向へよけてくれ」
と言われた。一瞬わけが分からずにいるとインストラクターが左前方の空き地を指差して「後ろのやつを先に行かせるからそこへ行け」と言った。ちょっとムッとしながらどんなやつが来てるんだ?と
振り向いてみると、なんとF-14が2機こっちを向いて待っていた。私が横へよけると目の前を2機のF-14が通り過ぎて行った。私はそれを見て思わず「ウォーッ!」と叫び声をあげてしまった。
そしてカメラを出そうとバッグの中を探したが、悔しい事にこういうときに限って積んでおらず絶好のシャッターチャンスを逃してしまった。
2機のF-14はRunway18の手前で滑走路を横切る許可を待っていた。私はRunway18から飛び立つ予定だったのでランナップを終えてその2機の後ろについて並んだ。
目の前でF-14がジェットエンジンの轟音を轟かせノズルから排気の陽炎をあげている。真後ろに並んでいたので「ジェットブラストで吹き飛ばされたらどうしよう?」などと心配しながら、憧れのジェット戦闘機と
一緒に並んでいる感動を味わっていた。自分が乗っているのはオンボロのセスナだけれど、目の前にF-14がいて同じタクシーウェイにいて同じ管制官と交信しているというだけで、なんだか仲間になれたような
気がして嬉しかった。子供の頃に戦闘機のパイロットを夢見たこともあった私には夢のような時間であった。
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